はじめに
「新しい事業を始めたい。」
「今の事業だけでは、将来が不安だ。」
「新しい収益の柱をつくりたい。」
経営者であれば、一度はこうしたことを考えたことがあるのではないでしょうか。
既存事業が順調な会社でも、市場環境や顧客ニーズは常に変化しています。
今は売れている商品が、5年後も同じように売れるとは限りません。
競合の参入。
技術の進歩。
人口減少。
顧客ニーズの変化。
こうした変化に対応するため、新規事業への挑戦は重要な経営課題の一つです。
しかし、ここで考えていただきたいことがあります。
「新しい事業を始めるかどうか、どのような基準で判断していますか?」
経営者のひらめき。
取引先からの誘い。
流行しているビジネス。
補助金が使えるという情報。
こうしたきっかけから新規事業を検討すること自体は悪くありません。
ただし、十分な検討をせずに投資してしまえば、既存事業まで危険にさらす可能性があります。
重要なのは、新規事業を思いついたときに、一定の手順と判断基準に沿って検討できる仕組みを持つことです。
今回は、会社の将来を切り開くための「新規事業の検討フロー」について考えてみましょう。
■新規事業は「思いつき」だけで始めない
新規事業のアイデアは、さまざまな場面で生まれます。
例えば、
「最近、この商品が流行しているらしい。」
「取引先から新しい事業を一緒にやらないかと誘われた。」
「空いている土地があるから、何か事業を始められないか。」
「補助金を活用すれば、新しい設備を安く導入できそうだ。」
こうした話は、事業を始めるきっかけとしては十分です。
しかし、新規事業を思いつくことと、その事業で利益を出せることは別問題です。
例えば、飲食店が流行しているからという理由だけで、新たに店舗を出店したとします。
実際には、
想定より集客できない。
人件費が予想以上にかかる。
原材料費が高騰する。
店長を任せられる人材がいない。
といった問題が発生するかもしれません。
だからこそ、新規事業を始める前に、
誰に売るのか。
何を提供するのか。
なぜ選ばれるのか。
どれだけ売れるのか。
いくら利益が残るのか。
どのようなリスクがあるのか。
を整理する必要があります。
新規事業は、勢いだけで始めるものではありません。
挑戦するからこそ、冷静な検討が必要なのです。
■ステップ①|「なぜ、その事業を始めるのか」を明確にする
新規事業を検討する際、最初に考えたいのが目的です。
例えば、
既存事業の市場縮小に備えたい。
新しい収益の柱をつくりたい。
既存顧客に新しい価値を提供したい。
自社の技術や設備を別の分野で活用したい。
利益率の高い事業へ進出したい。
など、目的はさまざまです。
ここが曖昧なままでは、事業の方向性も定まりません。
例えば、既存事業の市場縮小への対応が目的なのに、新規事業も同じ市場に依存していたとしたら、リスク分散にならない可能性があります。
また、新しい収益の柱をつくることが目的なのに、利益がほとんど残らない事業を始めても、本来の目的は達成できません。
まずは、
「この事業を始めることで、会社のどの課題を解決したいのか?」
を明確にすることが大切です。
■ステップ②|市場と顧客を調べる
次に確認すべきなのが、市場と顧客です。
どれだけ良い商品やサービスでも、必要としている顧客がいなければ売れません。
例えば、製造業が新しい自社ブランド商品を開発しようと考えたとします。
技術力には自信がある。
品質も高い。
デザインも良い。
しかし、
誰が購入するのか。
どこで購入するのか。
いくらなら購入するのか。
競合商品と何が違うのか。
という点が明確でなければ、販売につながらない可能性があります。
そこで、
市場規模。
市場の成長性。
競合企業。
顧客のニーズ。
価格帯。
販売チャネル。
などを調べます。
そして、可能であれば、実際の見込み顧客に話を聞いてみましょう。
ここで重要なのは、
「売れると思う。」と「実際に買ってもらえる。」は違う
ということです。
経営者自身が魅力を感じる商品でも、顧客が同じように感じるとは限りません。
思い込みではなく、顧客の声や市場の情報をもとに判断する必要があります。
■ステップ③|自社の強みを活かせるか確認する
新規事業を検討する際には、自社の強みを活かせるかどうかも重要です。
例えば、金属加工業を営む会社があるとします。
高い加工技術。
精密な品質管理。
製造設備。
熟練した技術者。
これらの強みを活かし、これまで取引のなかった医療機器関連や半導体関連の分野へ進出することを検討する。
これは、既存の経営資源を活かした新規事業の一例です。
一方、まったく経験のない業種へ進出する場合には、
新しい人材。
専門知識。
設備。
販売ルート。
許認可。
などを一から整備しなければならないことがあります。
もちろん、未知の分野への挑戦が悪いわけではありません。
しかし、必要な経営資源が増えるほど、投資額や失敗リスクも大きくなる可能性があります。
そこで、
「自社が既に持っている強みを、どこまで活かせるか?」
という観点から検討してみましょう。
新規事業だからといって、すべてをゼロから始める必要はありません。
■ステップ④|売上より先に「利益の出る仕組み」を考える
新規事業を始めるとき、どうしても売上予測に意識が向きがちです。
しかし、経営者として本当に確認すべきなのは、
「その事業で、最終的にいくら利益が残るのか?」
ということです。
例えば、新しい商品を販売する事業を考えてみましょう。
販売価格:10,000円
商品原価:4,000円
送料・販売手数料等:2,000円
この場合、1個販売したときの限界利益は4,000円です。
ここから、
人件費。
家賃。
広告費。
設備の減価償却費。
その他固定費。
を負担する必要があります。
仮に年間固定費が1,200万円であれば、
1,200万円 ÷ 4,000円 = 3,000個
となり、年間3,000個の販売が損益分岐点になります。
つまり、月平均250個を販売して初めて、固定費を回収できる計算です。
では、本当に月250個売れるのでしょうか。
その販売数量を実現するために、広告費はいくら必要なのでしょうか。
必要な人材や設備は確保できるのでしょうか。
このように、数字へ落とし込むことで、事業の実現可能性が見えてきます。
「売れそうだから始める」ではなく、「利益が残る仕組みをつくれるか」で考える。
これが重要です。
■ステップ⑤|投資額と資金繰りを確認する
新規事業は、利益計画だけでは判断できません。
なぜなら、利益が出る前に多額の資金が必要になることがあるからです。
例えば、新規事業に次の投資が必要だとします。
設備投資:2,000万円
店舗改装:1,000万円
広告・販促:300万円
開業準備費用:200万円
運転資金:1,000万円
合計4,500万円です。
では、この4,500万円をどのように調達するのでしょうか。
自己資金を使うのか。
金融機関から借り入れるのか。
補助金を活用するのか。
さらに、事業開始後の売上が計画どおりに伸びなかった場合、会社全体の資金繰りにどのような影響があるのでしょうか。
ここまで考える必要があります。
例えば、既存事業で年間3,000万円の営業利益を出していても、新規事業で多額の赤字と資金流出が続けば、会社全体の財務状況が悪化する可能性があります。
また、補助金についても注意が必要です。
補助金が採択されるとは限りませんし、多くの補助金は対象経費を支払った後に交付される仕組みです。
補助金がもらえるから投資するのではなく、投資する価値のある事業に補助金を活用する。
この順番を間違えないことが大切です。
■ステップ⑥|最初から大きく投資しない
新規事業には、不確実性があります。
市場調査を行い、事業計画を作っても、実際に始めてみなければ分からないことが少なくありません。
そこで有効なのが、小さく始めて検証することです。
例えば、
新商品であれば、少量生産してテスト販売する。
飲食事業であれば、期間限定の出店から始める。
新サービスであれば、既存顧客の一部に試験提供する。
新しい販売地域であれば、営業活動を先行して反応を確認する。
といった方法です。
重要なのは、事業開始前の仮説が正しいかどうかを、できるだけ少ない投資で確認することです。
例えば、
「この商品なら月500個売れるはずだ。」
と考えていたとしても、実際にテスト販売してみると月100個程度しか売れないかもしれません。
その段階で価格や販売方法を見直せば、大きな損失を防げる可能性があります。
一方、最初から多額の設備投資をしてしまえば、方向転換が難しくなることもあります。
新規事業は、小さく試し、数字で確認し、可能性が見えた段階で投資を拡大する。
この考え方を持っておきたいところです。
■ステップ⑦|「撤退基準」を先に決める
新規事業を検討する際、意外と忘れられがちなのが撤退基準です。
経営者としては、新しく始めた事業を成功させたいものです。
時間もお金も情熱も注いだ事業であれば、なおさらでしょう。
しかし、事業が計画どおりに進まないとき、
「もう少し頑張れば何とかなる。」
「ここまで投資したのだから、今さらやめられない。」
と考えてしまうことがあります。
その結果、赤字が膨らみ、既存事業まで危険にさらす可能性があります。
だからこそ、事業開始前に、
いつまでに。
どの数字を。
どの水準まで。
達成する必要があるのか。
を決めておくことが重要です。
例えば、
事業開始6か月後に一定の販売数量を達成する。
1年後には月次営業赤字を一定額以下にする。
累積投資額には上限を設ける。
2年後までに事業単独での黒字化を目指す。
といった基準です。
もちろん、基準を下回ったからといって、必ず即時撤退すべきとは限りません。
しかし、継続・縮小・方向転換・撤退を冷静に判断するための基準があれば、感情だけで投資を続けてしまうリスクを減らせます。
新規事業を始める勇気と同じくらい、適切なタイミングでやめる判断も重要です。
■具体例:飲食店が冷凍食品の販売を始める場合
例えば、地域で人気の飲食店があるとします。
店舗で提供している料理が好評なため、冷凍食品を製造し、全国へ販売する事業を検討しています。
経営者としては、
「お店でこれだけ人気なのだから、全国でも売れるはずだ。」
と考えるかもしれません。
しかし、実際には店舗運営と冷凍食品の販売では、必要なノウハウが異なります。
そこで、次のような流れで検討します。
① 目的の確認
店舗売上だけに依存せず、新しい収益源を確保したい。
② 市場調査
類似商品の価格や販売方法を調べ、見込み顧客のニーズを確認する。
③ 強みの確認
店舗で培った味やブランド力を活かせるか検討する。
④ 収益性の検証
製造原価、冷凍保管費、配送費、販売手数料、広告費を試算する。
⑤ 資金計画
製造設備や在庫に必要な資金を確認する。
⑥ テスト販売
まずは店舗の既存顧客向けに少量販売し、購入率やリピート率を検証する。
⑦ 本格展開の判断
販売数量、粗利益、顧客評価などを確認し、設備投資や販路拡大を判断する。
こうして整理すれば、経営者のアイデアを具体的な事業計画へ変えることができます。
また、思ったほど売れなかった場合にも、早い段階で事業内容を見直すことができます。
これが、新規事業の検討フローを持つメリットです。
■新規事業の判断を「経営者の勘」だけに頼らない
中小企業では、経営者の経験や直感が大きな強みになることがあります。
長年の経験から、
「これは売れる。」
「この市場は伸びる。」
と感じることもあるでしょう。
その直感は、決して軽視すべきではありません。
しかし、直感をそのまま投資判断にしてしまうのは危険です。
そこで、
市場性。
競争優位性。
収益性。
投資額。
資金繰り。
必要人材。
リスク。
といった項目を整理した新規事業の検討シートを作成することをおすすめします。
例えば、それぞれの項目について、
現状。
根拠。
課題。
必要な対応。
をまとめるだけでも十分です。
そして、一定規模以上の投資については、経営者だけでなく、幹部社員や外部専門家の意見も取り入れて判断する仕組みをつくります。
重要なのは、検討に時間をかけ過ぎて機会を逃さないことと、十分な検討をせずに投資してしまわないことのバランスです。
挑戦のスピードを落とさず、失敗のリスクを抑える。
そのためにこそ、検討フローが必要なのです。
■新規事業は「始めた後」の管理も重要
新規事業は、開始がゴールではありません。
むしろ、事業開始後こそ重要です。
実際の売上はどうか。
計画した粗利益率を確保できているか。
固定費は想定内か。
資金繰りに問題はないか。
顧客の反応はどうか。
改善すべき点は何か。
こうした情報を定期的に確認し、必要に応じて事業内容を修正する必要があります。
特に、既存事業と新規事業の数字を分けて管理することをおすすめします。
会社全体では黒字でも、新規事業単独では大きな赤字が発生している可能性があるからです。
反対に、新規事業が順調に成長しているのであれば、追加投資によって成長を加速できるかもしれません。
新規事業を検討する仕組みと、開始後に管理する仕組みをセットで整えること。
これが持続的な成長につながります。
■チェックポイント
- 新規事業を始める目的が明確になっているか?
- 市場規模や顧客ニーズ、競合状況を調査しているか?
- 自社の強みや経営資源を活かせる事業か検討しているか?
- 売上だけでなく、粗利益・固定費・営業利益まで試算しているか?
- 必要な投資額や運転資金を把握しているか?
- 新規事業が会社全体の資金繰りに与える影響を確認しているか?
- 本格的な投資の前に、小規模なテストを行う仕組みがあるか?
- 事業を継続・縮小・撤退するための判断基準を設けているか?
- 一定規模以上の投資について、客観的に検討する仕組みがあるか?
- 新規事業の売上・利益を既存事業と分けて管理しているか?
■まとめ|挑戦する会社ほど、判断の仕組みが必要
新規事業への挑戦は、会社の未来を切り開く大きな可能性を持っています。
既存事業が順調なうちに、新しい収益の柱を育てる。
自社の強みを活かして、新しい市場へ進出する。
新しい商品やサービスで、これまでにない顧客価値を生み出す。
こうした挑戦が、会社を次のステージへ押し上げることもあるでしょう。
しかし、新規事業には必ず不確実性があります。
だからこそ、
思いついたから始める。
流行しているから始める。
補助金が使えるから始める。
という判断だけでは不十分です。
なぜ始めるのか。
誰に、どのような価値を提供するのか。
どのように利益を生み出すのか。
どこまでの投資とリスクを許容するのか。
そして、
どの段階で継続・拡大・撤退を判断するのか。
ここまで考えることが大切です。
新規事業の検討フローは、挑戦を妨げるためのものではありません。
むしろ、安心して挑戦するための仕組みです。
失敗を恐れて何もしなければ、会社は変化する市場に取り残されるかもしれません。
一方、無計画な挑戦を繰り返せば、積み上げてきた経営基盤を失う可能性もあります。
大切なのは、挑戦と慎重さの両方を持つことです。
まずは、今考えている新規事業のアイデアを一つ取り上げてみてください。
そして、
「この事業は、なぜ成功すると考えているのか?」
「その根拠は、数字や顧客の声で説明できるか?」
と問いかけてみましょう。
もし明確に説明できないのであれば、まだ検証すべきことが残っているのかもしれません。
新しい未来へ挑戦する熱量と、その挑戦を成功へ近づける冷静な判断力。
その両方を持つ会社が、これからの時代を力強く成長していくのだと思います。
更なる熱量を。
税理士事務所WATT 代表税理士 井深悠人
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