はじめに
「今年の売上目標は5億円です。」
「営業利益率10%を目指しています。」
経営者や幹部社員は、こうした目標を理解しているかもしれません。
では、現場で働く社員に、
「会社が今年目指している数字を知っていますか?」
「その目標を達成するために、自分は何をすればよいですか?」
と聞いたら、どんな答えが返ってくるでしょうか。
もし、
「売上目標は聞いたことがありますが、自分の仕事とはあまり関係ないと思います。」
という答えが返ってくるのであれば、経営計画が現場まで十分に浸透していない可能性があります。
会社の目標を実現するのは、経営者一人ではありません。
営業担当者。
製造現場の社員。
事務スタッフ。
管理職。
社員一人ひとりの日々の行動が積み重なって、会社の業績がつくられます。
だからこそ重要なのが、KPI(重要業績評価指標)を現場まで浸透させることです。
今回は、会社の目標を社員全員の行動につなげるためのKPIの考え方についてお伝えします。
■KPIとは「目標達成までの道しるべ」
KPIという言葉を聞くと、少し難しく感じるかもしれません。
しかし、考え方はシンプルです。
例えば、
「年間売上5億円を達成する。」
という最終目標があったとします。
これだけでは、今日何をすればよいか分かりません。
そこで、
新規商談件数。
見積提出件数。
成約率。
顧客単価。
リピート率。
など、売上目標の達成に影響する指標を設定します。
これらがKPIの候補です。
最終的な目標をKGI(重要目標達成指標)、その達成に向けて管理する重要な指標をKPIと呼びます。
例えば、
KGI:年間売上5億円
その達成に向けたKPIとして、
- 月間新規商談件数:20件
- 見積提出率:80%
- 成約率:25%
- 既存顧客のリピート率:90%
などを設定するイメージです。
もちろん、これらの数値は会社の実績や事業構造に合わせて決める必要があります。
重要なのは、最終目標と日々の行動をつなぐ数字を持つことです。
■経営者だけが数字を知っていても会社は変わらない
中小企業では、経営者が毎月の売上や利益を細かく確認している一方で、社員には数字がほとんど共有されていないケースがあります。
経営者は、
「今月は粗利益が足りない。」
「固定費が増えている。」
「もっと生産性を上げなければ。」
と考えています。
しかし、社員はその状況を知らなければ、何を改善すべきか分かりません。
例えば製造業であれば、
材料のロスを減らす。
不良品を減らす。
段取り時間を短縮する。
設備の停止時間を減らす。
こうした現場の取り組みが、原価の低減や粗利益率の改善につながります。
ただし、
「会社の利益を増やそう。」
と言われるだけでは、具体的な行動にはつながりにくいものです。
「自分の仕事が、会社のどの数字につながっているのか。」
これを社員が理解できる状態をつくることが重要です。
■部門ごとに「追いかける数字」は違う
すべての社員に同じKPIを設定する必要はありません。
むしろ、仕事内容によって管理すべき数字は異なります。
例えば製造業であれば、
営業部門
新規商談件数。
見積提出件数。
成約率。
受注単価。
製造部門
生産数量。
不良率。
設備稼働率。
納期遵守率。
管理部門
請求処理の正確性。
売掛金の回収遅延件数。
月次決算の完了日数。
業務改善件数。
といった指標が考えられます。
ただし、何でも数字にすればよいわけではありません。
その部門の仕事の成果を適切に表し、会社の目標達成につながる指標を選ぶ必要があります。
また、社員本人が改善に関与できる数字であることも重要です。
会社全体の目標を、部門ごとの役割に合わせて翻訳する。
これがKPIを現場へ浸透させる第一歩です。
■具体例:粗利益率を改善したい製造業の場合
例えば、年商3億円の製造業を考えてみましょう。
現在の粗利益率は25%。
経営者は、1年後に粗利益率を30%まで改善したいと考えています。
売上が変わらないと仮定すれば、
現在の粗利益:7,500万円
目標の粗利益:9,000万円
差額は1,500万円です。
つまり、年間1,500万円の粗利益改善が必要になります。
では、この目標を現場へどう落とし込むのでしょうか。
例えば、次のように考えます。
営業部門
低採算案件の見直し。
適正価格での受注。
値引き率の管理。
製造部門
材料ロスの削減。
不良品の削減。
作業時間の短縮。
購買部門
仕入単価の見直し。
発注ロットの最適化。
代替材料の検討。
これらの改善効果を試算し、合計1,500万円の改善目標につながるように設計します。
そして、それぞれの部門で、
「今月は何を改善するのか。」
「どの数字を確認するのか。」
を決めます。
例えば製造部門であれば、
「不良率を4%から2%へ下げる。」
というKPIを設定することも考えられます。
ただし、不良率が改善しても、追加の検査費用や作業時間が大幅に増えれば、利益改善につながらない可能性があります。
そのため、改善による費用対効果も確認する必要があります。
経営者が目指す「粗利益率30%」という目標を、現場が取り組める具体的な数字へ変える。
これがKPIを活用した経営です。
■数字を押し付けるだけでは浸透しない
KPIを設定したものの、社員から、
「また会社から数字を追いかけろと言われた。」
と思われてしまうことがあります。
これは非常にもったいないことです。
KPIは、社員を追い詰めるための道具ではありません。
会社が目指す方向を共有し、改善すべきことを明確にするための道具です。
例えば、
「不良率を2%まで下げてください。」
と伝えるだけではなく、
「今の不良率では年間これだけの材料費と作業時間が失われています。このロスを減らせれば利益が増え、設備や人材への投資にもつなげられます。」
と説明する。
さらに、
「どの工程を改善すれば、不良率を下げられると思いますか?」
と現場の意見を聞く。
こうした対話によって、数字は「会社から与えられたノルマ」から「自分たちで達成する目標」へ変わっていきます。
数字を共有するだけでなく、その数字を追いかける理由まで共有すること。
これが重要です。
■KPIは多過ぎても機能しない
KPIを導入すると、あれもこれも管理したくなることがあります。
売上。
粗利益。
商談件数。
受注件数。
顧客単価。
訪問件数。
提案件数。
問い合わせ数。
受注率。
見積件数。
こうして何十個もの数字を管理し始めると、現場は数字を入力すること自体に疲れてしまいます。
そして結局、
「どの数字が一番重要なのか分からない。」
という状態になります。
そこで、まずは部門ごとに特に重要なKPIを2~3個程度に絞ることをおすすめします。
もちろん、事業の規模や業務内容によって適切な数は異なります。
大切なのは、
「この数字が改善すれば、会社の目標達成に近づく。」
と説明できる指標を選ぶことです。
KPIは多ければ多いほどよいわけではありません。
重要な数字に集中することで、社員の行動も明確になります。
■「数字を達成すること」が目的になっていないか
KPI管理には、注意すべき点もあります。
それは、数字を追いかけること自体が目的になってしまうことです。
例えば営業部門で、
「月間訪問件数100件」
というKPIを設定したとします。
すると、担当者は訪問件数を増やそうとします。
しかし、
契約につながる可能性が低い訪問ばかり増えている。
既存顧客への重要な提案が後回しになっている。
訪問件数は達成しているのに売上は増えていない。
という状態では、本来の目的を見失っています。
KPIはあくまで目標達成のための手段です。
「そのKPIを改善すると、本当に業績が良くなるのか?」
を定期的に確認する必要があります。
また、一つの数字だけを追いかけた結果、品質や顧客満足度が悪化するようなことがないかにも注意しましょう。
■KPIを「見える場所」に置く
KPIを設定しても、経営者のパソコンの中にしか存在しなければ、なかなか浸透しません。
そこで有効なのが、数字の見える化です。
例えば、
営業部門では、商談件数や受注状況を一覧表にする。
製造部門では、不良率や生産進捗を掲示する。
管理部門では、月次決算の進捗や改善項目を共有する。
といった方法があります。
高価なシステムを導入する必要はありません。
ExcelやGoogleスプレッドシートでも十分に始められます。
重要なのは、
社員がいつでも「目標・実績・差」を確認できること。
そして、数字を見るだけで終わらず、改善行動につなげることです。
なお、全社員に共有する数字と、管理職・経営者だけで管理する数字は、情報の性質に応じて分ける必要があります。
■週次・月次の会議でKPIを確認する
KPIを現場に浸透させるためには、継続的に確認する仕組みが必要です。
例えば、週次会議では、
今週の目標はいくらだったか。
実績はどうだったか。
なぜ差が出たのか。
来週は何を改善するのか。
を確認します。
月次会議では、
各KPIが会社全体の売上・利益にどうつながったのか。
目標設定に無理はなかったか。
新たな課題は生まれていないか。
を確認します。
ここで重要なのは、数字が悪かった社員を責める会議にしないことです。
数字が悪かった理由を分析し、次の改善につなげる。
数字が良かった場合には、なぜうまくいったのかを共有する。
そうすることで、KPI管理が会社全体の学習と改善につながります。
■社員が数字を使って改善提案できる会社へ
KPIが本当に現場へ浸透した状態とは、どのような状態でしょうか。
それは、経営者が毎回指示を出さなくても、社員自身が数字を見て改善を考えられる状態です。
例えば、
「最近、不良率が上がっています。原因はこの工程にあると思うので、作業手順を見直したいです。」
「商談件数は足りていますが成約率が下がっています。提案内容を改善したいです。」
「月次決算の完了が遅れているので、資料回収の方法を変更したいです。」
という提案が社員から出てくる。
これは非常に強い組織です。
経営者が一人で会社全体の数字を追いかけるのではなく、各部門が自らの数字に責任を持ち、改善を続ける。
数字を管理する会社から、数字を使って自ら動く会社へ。
ここまで到達することが、KPIを導入する本当の目的だと思います。
■チェックポイント
- 会社全体の売上・利益目標を社員へ共有しているか?
- 部門ごとに重要なKPIを設定しているか?
- 各KPIが会社全体の目標とどのようにつながるか説明できるか?
- 社員が自分の担当するKPIと目標数値を理解しているか?
- KPIの数を絞り、重要な数字に集中できているか?
- KPIの実績を社員が確認できる仕組みがあるか?
- 週次・月次の会議で数字と改善行動を確認しているか?
- 数字が悪い場合に、個人を責めるのではなく原因を分析しているか?
- KPIを達成すること自体が目的になっていないか?
- 社員から数字に基づいた改善提案が出ているか?
■まとめ|会社の目標を「社員一人ひとりの目標」に変える
売上を増やしたい。
利益率を改善したい。
生産性を高めたい。
顧客満足度を上げたい。
こうした経営目標を実現するためには、経営者の努力だけでは限界があります。
重要なのは、会社全体が同じ方向を向いて動ける状態をつくることです。
そのためにKPIがあります。
会社全体の目標を決める。
部門ごとの重要な数字へ分解する。
社員一人ひとりの仕事につなげる。
数字を共有する。
実績を確認する。
改善を繰り返す。
この仕組みが機能すれば、経営者の考えていることと現場の行動が少しずつ一致していきます。
そして、社員自身が、
「自分の仕事が会社の業績につながっている。」
と実感できるようになります。
数字は、経営者だけのものではありません。
社員全員が会社の未来をつくるために使うものです。
まずは社員に聞いてみてください。
「今年、会社が目指している目標を知っていますか?」
「そのために、自分の仕事で何を改善すればよいと思いますか?」
もし答えが返ってこなくても、そこで終わりではありません。
そこから対話を始めればよいのです。
目標を共有する。
意味を伝える。
一緒に数字を考える。
そして、行動につなげる。
経営者だけが頑張る会社から、社員全員が数字を使って会社を強くする組織へ。
KPIを、単なる管理指標ではなく、会社の成長を支える共通言語にしていきましょう。
更なる熱量を。
税理士事務所WATT 代表税理士 井深悠人
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