はじめに
「会社をもっと成長させたい。」
「新しい事業に進出したい。」
「後継者が見つからない。」
「自分が引退した後も、会社と社員を守りたい。」
経営者であれば、こうした課題について考えたことがあるのではないでしょうか。
会社を成長させる方法としては、新規顧客の獲得、新商品開発、設備投資、人材採用など、さまざまな選択肢があります。
一方、会社の将来を考えるうえで、ぜひ知っておいていただきたい選択肢があります。
それが、M&A(企業の合併・買収)です。
M&Aと聞くと、大企業同士の買収や、何十億円もの取引をイメージする方もいるかもしれません。
しかし、現在では中小企業にとっても、M&Aは重要な経営戦略の一つです。
事業を拡大するために他社を買収する。
後継者不在の問題を解決するために会社を譲渡する。
異なる強みを持つ会社同士が一緒になり、新しい価値を生み出す。
このように、M&Aにはさまざまな可能性があります。
ただし、M&Aは実行すれば必ず成功するものではありません。
重要なのは、M&Aを単なる会社の売買ではなく、会社の未来を実現するための経営戦略として考えることです。
今回は、中小企業の成長と事業承継の選択肢として、M&Aについて考えてみましょう。
■M&Aは大企業だけのものではない
M&Aという言葉に対して、
「うちの会社には関係ない。」
「そんな大きな会社ではない。」
と感じる経営者もいるかもしれません。
しかし、M&Aは必ずしも大企業だけのものではありません。
例えば、
地域の建設会社が、同業他社を買収して施工体制を強化する。
食品メーカーが、販売網を持つ企業を買収して販路を広げる。
製造業が、特殊技術を持つ会社を買収して新分野へ進出する。
後継者のいない企業が、従業員と事業を守るために第三者へ会社を譲渡する。
こうした取り組みもM&Aです。
中小企業には、それぞれの会社が長年培ってきた技術、顧客基盤、人材、ブランド、ノウハウがあります。
それらを他社と組み合わせることで、一社だけでは実現できなかった成長が可能になることがあります。
会社を大きくするために、必ずしもすべてを自社で一からつくる必要はない。
この発想を持つことが、経営戦略の選択肢を広げます。
■M&Aには「買う側」と「売る側」の戦略がある
M&Aを考える際には、大きく二つの立場があります。
それは、会社や事業を「買う側」と「売る側」です。
それぞれ目的が異なります。
① 買う側のM&A
企業を買収することで、事業の成長や経営資源の獲得を目指します。
例えば、
新しい顧客を獲得する。
販売エリアを広げる。
技術や設備を取得する。
人材を確保する。
新規事業へ進出する。
といった目的があります。
特に、事業を一から立ち上げる場合と比較して、既存の顧客や設備、人材を引き継げる点は大きな特徴です。
② 売る側のM&A
会社や事業を第三者へ譲渡することで、事業承継や経営課題の解決を目指します。
例えば、
後継者がいない。
経営者が引退したい。
大手企業の経営資源を活用して事業を成長させたい。
不採算事業を整理し、主力事業に集中したい。
といった目的があります。
売却という言葉に対して、ネガティブな印象を持つ方もいるかもしれません。
しかし、会社を第三者へ引き継ぐことによって、雇用や取引関係を維持し、事業をさらに成長させられる可能性もあります。
M&Aは、会社を成長させるための選択肢であると同時に、会社を未来へつなぐための選択肢でもあるのです。
■「一から育てる」と「既にあるものを取得する」
例えば、現在年商3億円の製造業があるとします。
今後、新しい加工分野へ進出したいと考えています。
そのためには、
新しい設備の導入。
技術者の採用。
従業員の教育。
新規顧客の開拓。
品質管理体制の整備。
などが必要です。
これらを自社で一から進める場合、事業が軌道に乗るまで数年かかるかもしれません。
一方、その加工分野で既に事業を営んでいる会社を買収するという方法もあります。
既存の設備。
経験豊富な技術者。
取引先との関係。
製造ノウハウ。
こうした経営資源を引き継ぐことができれば、新しい分野への進出を加速できる可能性があります。
もちろん、買収にはまとまった資金が必要です。
買収後に人材が流出したり、想定した利益が出なかったりするリスクもあります。
それでも、
「自社でゼロからつくる場合」と「M&Aによって取得する場合」を比較すること
には大きな意味があります。
経営者として、どちらが時間・費用・リスクの面で合理的なのかを検討することが重要です。
■具体例:2社が一緒になることで生まれる可能性
例えば、次のような2社があるとします。
A社:年商3億円の金属加工業
精密加工技術に強みがある。
優良な取引先を持っている。
一方で、営業力と生産能力に課題がある。
B社:年商2億円の金属加工業
大型設備と熟練した技術者を持っている。
一方で、経営者が高齢で後継者がいない。
この2社がM&Aによって一緒になることを考えます。
A社にとっては、B社の設備や人材を活用することで、受注可能な仕事の幅を広げられるかもしれません。
B社にとっては、後継者不在という課題を解決し、従業員の雇用や取引先との関係を維持できる可能性があります。
さらに、
営業活動の一体化。
設備稼働率の改善。
仕入先との取引条件の見直し。
管理業務の効率化。
などによって、両社の収益性が改善することも考えられます。
このように、2社が組み合わさることで生まれる相乗効果を、シナジー効果と呼びます。
ただし、売上3億円と2億円の会社が一緒になったからといって、必ずしも単純に売上5億円を維持できるとは限りません。
取引先が離れる可能性もあります。
従業員が退職するかもしれません。
経営方針の違いによって、業務が混乱することもあるでしょう。
だからこそ、M&Aによって何が良くなり、何が悪くなる可能性があるのかを具体的に検討することが大切です。
■「いくらで買うか」より「いくら利益を生み出せるか」
M&Aを検討する際、大きな論点になるのが買収価格です。
例えば、ある会社を1億円で買収できるとします。
これを聞いて、
「安い。」
「高い。」
と判断できるでしょうか。
実際には、買収価格だけを見ても適正かどうかは分かりません。
例えば、
毎年2,000万円の利益を安定的に生み出している会社。
毎年500万円の利益しか出ていない会社。
赤字が続いているものの、価値の高い技術や不動産を持っている会社。
これらの企業では、評価の考え方が異なります。
企業価値を検討する際には、
純資産。
正常な収益力。
将来のキャッシュフロー。
保有する資産や負債。
事業の成長性。
顧客や技術などの無形の価値。
といった要素を確認する必要があります。
特に重要なのは、買収した会社が今後どれだけの利益とキャッシュを生み出せるのかということです。
また、経営者が交代した後も、その収益力を維持できるかという点も欠かせません。
現在の利益が、社長個人の営業力や人脈によって生み出されている場合、買収後も同じ利益が続くとは限らないからです。
M&Aは、過去の数字だけでなく、将来の事業価値を見極める必要があります。
■買収価格だけではなく「隠れたリスク」にも注意する
M&Aでは、決算書の数字だけでは分からない問題が存在することがあります。
例えば、
回収が難しい売掛金。
実際には販売できない在庫。
帳簿に反映されていない債務。
未払いの残業代。
税務上の問題。
訴訟や契約上のトラブル。
特定の取引先への過度な依存。
こうした問題を把握せずに会社を買収してしまえば、想定外の負担が発生する可能性があります。
そこで重要になるのが、デューデリジェンス(買収前調査)です。
デューデリジェンスとは、買収対象となる会社の財務・税務・法務・事業などの実態を調査することです。
特に中小企業では、
役員と会社の間の貸付金・借入金。
経営者個人による保証。
親族への給与。
個人的な経費と会社経費の区分。
簿外債務。
などについても、慎重な確認が必要になる場合があります。
M&Aの手法によって引き継ぐ資産・負債や契約、税務上の取扱いは異なるため、専門家とともに検討することが重要です。
安く買えたと思っていた会社が、結果的に高い買い物になってしまう。
そんな事態を避けるためにも、事前調査は欠かせません。
■株式譲渡と事業譲渡では何が違う?
中小企業のM&Aで代表的な方法として、株式譲渡と事業譲渡があります。
① 株式譲渡
会社の株式を譲渡する方法です。
基本的には会社そのものが存続し、株主が変わります。
会社が保有する資産や負債、契約関係などは原則として会社に残ります。
そのため、会社全体を引き継ぐ際に利用されることがあります。
ただし、契約によっては支配権変更に伴う手続きが必要になる場合もあります。
② 事業譲渡
会社が営む事業の全部または一部を譲渡する方法です。
譲渡する資産や負債、契約などの範囲を個別に定めることができます。
一方で、契約の承継や従業員の雇用、許認可などについて、個別の対応が必要になる場合があります。
また、株式譲渡と事業譲渡では、売り手・買い手それぞれの税負担も異なります。
例えば、株式を売却した場合と、会社が事業を譲渡した場合では、課税される主体や税金の種類が変わることがあります。
同じM&Aでも、どの方法を選ぶかによって手取り金額や必要な手続きが大きく変わる可能性がある。
この点は、税理士としても特に注意していただきたいところです。
■M&Aは「買った後」が本当の勝負
M&Aで見落とされがちなのが、買収後の経営です。
例えば、会社を買収したものの、
社員同士の関係が悪い。
給与体系が大きく異なる。
業務システムが統一されていない。
経営方針が伝わっていない。
優秀な社員が退職してしまう。
といった問題が発生することがあります。
これでは、買収前に想定していた相乗効果を十分に発揮できません。
そこで必要になるのが、PMI(買収後の経営統合)です。
PMIでは、
経営方針の共有。
組織体制の整備。
人事制度の調整。
会計・管理体制の統一。
業務プロセスの見直し。
従業員とのコミュニケーション。
などを進めます。
M&Aは、契約を締結し、代金を支払えば成功するものではありません。
買収した会社の強みを活かしながら、どのように新しい組織をつくっていくか。
ここまで含めて考える必要があります。
■売る側は「高く売ること」だけを考えない
会社を売却する経営者にとって、売却価格は非常に重要です。
長年育ててきた会社ですから、できるだけ高い評価を受けたいと考えるのは自然なことでしょう。
しかし、売却価格だけで相手を選んでしまうことには注意が必要です。
例えば、
従業員の雇用は守られるのか。
取引先との関係は維持できるのか。
会社のブランドは残るのか。
経営者の理念を理解してくれる相手なのか。
売却後の経営方針はどうなるのか。
といった点も重要です。
また、譲渡代金が高くても、税金や仲介手数料などを差し引くと、実際の手取り金額が想定より少なくなる場合があります。
さらに、経営者個人の借入保証が残ってしまうようでは、安心して引退できないかもしれません。
だからこそ、
「いくらで売れるか」だけでなく、「誰に、どのような条件で引き継ぐか」
を考える必要があります。
M&Aは、経営者自身の人生だけでなく、従業員や取引先の将来にも関わる重要な意思決定なのです。
■M&Aを成功させるためには準備が必要
M&Aは、ある日突然思い立って、すぐに実行できるものではありません。
特に会社を売却する場合、早い段階から準備しておくことで、選択肢が広がる可能性があります。
例えば、
正確な決算書を作成する。
会社と経営者個人の資産・負債を整理する。
不採算事業を見直す。
特定の取引先への依存度を下げる。
社長がいなくても回る組織をつくる。
業務内容や契約関係を整理する。
といった取り組みです。
こうした改善は、M&Aを実行するかどうかにかかわらず、会社の経営基盤を強くすることにつながります。
また、買収する側であれば、
どのような企業を買収したいのか。
買収予算はいくらか。
必要な資金をどう調達するのか。
買収後に誰が経営を担当するのか。
どのような相乗効果を期待するのか。
をあらかじめ明確にしておくことが大切です。
M&Aの準備とは、会社の未来を見据えて経営課題を整理することでもあります。
■まずは「自社にとってM&Aが必要か」を考える
ここまでM&Aの可能性についてお伝えしてきましたが、すべての会社がM&Aを実行する必要はありません。
既存事業を地道に育てることが最善の選択肢になる会社もあります。
業務提携によって十分な成果を得られる会社もあるでしょう。
また、親族内承継や従業員承継が適しているケースもあります。
重要なのは、M&Aありきで考えないことです。
例えば、事業を拡大したい場合であれば、
自社で新しい事業を立ち上げる。
他社と業務提携する。
他社を買収する。
という選択肢を比較する。
事業承継であれば、
親族へ承継する。
役員・従業員へ承継する。
第三者へ譲渡する。
といった方法を比較する。
そのうえで、自社の目的や財務状況、経営者の考え方に合った方法を選ぶことが大切です。
M&Aを実行するかどうかよりも、M&Aという選択肢を知ったうえで経営判断できること。
これが経営者にとって重要なのだと思います。
■チェックポイント
- M&Aを自社の成長戦略や事業承継の選択肢として考えたことがあるか?
- 自社で事業を育てる場合と、他社を買収する場合を比較できているか?
- M&Aによって獲得したい技術・人材・顧客・設備などが明確になっているか?
- 買収価格だけでなく、将来の収益力やキャッシュフローを検討しているか?
- 財務・税務・法務などのリスクを調査する必要性を理解しているか?
- 株式譲渡と事業譲渡の違いを理解しているか?
- M&A後の組織運営や経営統合まで想定しているか?
- 会社を譲渡する場合、従業員や取引先の将来についても考えているか?
- M&Aを実行する場合に必要な資金や税負担を把握しているか?
- M&Aについて相談できる専門家や金融機関とのつながりがあるか?
■まとめ|M&Aを会社の未来を広げる選択肢に
会社を成長させる方法は、一つではありません。
自社の営業力を強化する。
新しい商品を開発する。
設備投資を行う。
人材を採用する。
そして、他社と一緒になる。
どの方法が正解なのかは、会社の状況によって異なります。
しかし、経営者として大切なのは、できるだけ多くの選択肢を知り、その中から自社にとって最適な方法を選べることです。
M&Aには、大きな可能性があります。
自社にない技術を獲得する。
新しい顧客や市場へ進出する。
人材や設備を確保する。
事業承継の問題を解決する。
長年培ってきた会社の価値を、次の経営者へつなぐ。
こうした未来を実現できる可能性があります。
一方で、M&Aには大きな資金とリスクが伴います。
だからこそ、
目的を明確にする。
相手企業を慎重に選ぶ。
財務・税務・法務を確認する。
買収後の経営まで考える。
そして、専門家とともに冷静に判断する。
という準備が必要です。
M&Aは、会社を買うことや売ることが目的ではありません。
会社の価値を高め、未来へつなぐための手段です。
まずは、自社の将来について考えてみてください。
「5年後、この会社をどのような姿にしたいのか?」
「その未来を実現するために、自社だけでできることは何か?」
「他社と一緒になることで、実現できることはないか?」
そして、もう一つ。
「自分が経営者でなくなった後、この会社はどうなっていてほしいのか?」
この問いに向き合うことも、経営者の大切な仕事だと思います。
会社を成長させること。
社員の未来を守ること。
お客様への価値提供を続けること。
経営者自身の人生を考えること。
そのすべてを踏まえた経営戦略の選択肢として、M&Aを視野に入れてみてはいかがでしょうか。
会社の可能性を、自社の経営資源だけで決めつけない。
新しい選択肢を知り、挑戦し、未来を切り開く。
その姿勢が、会社をさらに強くしていくのだと思います。
更なる熱量を。
税理士事務所WATT 代表税理士 井深悠人
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